皆さま、こんにちは。
いちご会計事務所の足立です。

先日、野中郁次郎先生・竹内弘高先生の『ワイズカンパニー』を読み返している中で、本田宗一郎氏の逸話に触れる場面がありました。
その章で語られていたテーマは、「本質をつかむ」ということでした。
ワイズリーダーは、表面に見えている現象だけを見るのではなく、その奥にある意味や構造を見抜く。
そして、現場に入り、人を見て、実物に触れながら、何が本当に大切なのかをつかんでいく。
この内容を読みながら、私は「これは中小企業の経営そのものだ」と感じました。
本田宗一郎氏というと、多くの方は「技術の人」「エンジンの人」「豪快な創業者」という印象を持たれるかもしれません。
もちろん、それは間違いではありません。
しかし、経営者として本当に学ぶべきところは、単に技術に詳しかったということだけではないと思います。
本田宗一郎氏のすごさは、現場に入り、ものを見て、音を聞き、人の動きを見て、その奥にある本質をつかむ力にあったのではないでしょうか。
レーストラックで本質をつかむ
書籍の中で特に印象に残ったのが、バイクのレーストラックでの逸話です。
本田宗一郎氏は、試験走行の現場に行くと、レーストラックに低くしゃがみ込み、地面に手をつき、ドライバーと同じ目線になってバイクの走りを見ていたそうです。
そして、バイクをフルスピードで何周も走らせ、毎回できる限り自分の近くを通るように指示したといいます。
耳ではエンジンの音を聞く。
手では地面から伝わる振動を感じる。
目ではバイクの傾きや動きを見る。
そうして、そのバイクが量産に入る段階に達しているかどうかを判断していたというのです。
机上のデータや報告書だけで判断するのではありません。
実際に走っているバイクの状態を、自分の目と耳と身体で感じ取っていたのです。
バイクがどのように加速するのか。
コーナーでどう倒れ込むのか。
エンジンの音に無理はないか。
乗っている人間がどう感じているのか。
そうしたものを、現場でつかもうとしていたのでしょう。
私はここに、本質をつかむ経営者の姿があると思いました。
バイクの性能は、図面だけでは分かりません。
エンジンの数値だけでも分かりません。
カタログ上の馬力だけでも分かりません。
実際に走らせてみる。
音を聞く。
振動を感じる。
曲がり方を見る。
乗る人の感覚を想像する。
そこまでして、初めて分かることがあります。
これは、経営も同じです。
決算書を見ることは大切です。
月次試算表を見ることも大切です。
売上、粗利、利益、資金繰りを見ることも大切です。
しかし、それだけでは会社の本当の姿は分かりません。
数字は結果です。
原因は、現場にあります。
売上が落ちている。
粗利が下がっている。
人件費率が上がっている。
在庫が増えている。
数字だけを見れば、いろいろな問題が見えます。
しかし、本質はその奥にあります。
お客様の需要が変わったのか。
営業の動きが鈍くなったのか。
商品やサービスそのものの魅力が伝わっていないのか。
価格が合わなくなったのか。
現場の社員が疲弊しているのか。
社内の連携がうまくいっていないのか。
ここまで見なければ、本当の改善にはつながりません。
本田宗一郎氏がレーストラックでバイクを見ていたように、私たち中小企業の経営者も、自社の現場を見なければなりません。
会社の本質は、社長室ではなく、現場にあります。
「三つの喜び」にある経営の本質
Hondaには「三つの喜び」という考え方があります。
「造って喜び、売って喜び、買って喜ぶ」。
Honda公式サイトでも、この考え方は1951年に本田宗一郎氏が社報で発表し、今日に続くHondaの基本理念になっていると紹介されています。 またHonda Philosophyでは、「The Three Joys」として、買う喜び、売る喜び、創る喜びが基本理念の一つとして位置づけられています。
私は、この「三つの喜び」は、経営の本質を非常によく表していると思います。
会社は、利益を出さなければなりません。
これは当然です。
利益がなければ、会社は続きません。
社員の給料も払えません。
設備投資もできません。
新しい挑戦もできません。
しかし、利益だけを見ていると、経営の本質を見失うことがあります。
本当に良い経営とは、誰か一人だけが得をするものではありません。
作る人が誇りを持てる。
売る人が自信を持って勧められる。
買う人が「買ってよかった」と思える。
この三つがつながったとき、会社は強くなります。
作る人が喜べない商品は、良いものになりにくく、長続きしません。
売る人が喜べない商品は、お客様に熱が伝わりません。
買う人が喜べない商品は、二度と選ばれません。
これは、製造業だけの話ではありません。
飲食店であれば、厨房の人が誇りを持って料理を作り、接客する人が自信を持ってお客様に提供し、お客様が「また来たい」と思う。
建設業であれば、職人が納得できる仕事をし、営業担当が胸を張って説明し、施主が「頼んでよかった」と思う。
会計事務所であれば、職員が丁寧に仕事をし、担当者が自信を持って社長に説明し、社長が「相談してよかった」と思う。
業種は違っても、本質は同じです。
作る人、売る人、買う人。
つまり、社員、会社、お客様。
この三者の喜びがつながっているかどうか。
そこに、経営の本質があるのではないでしょうか。
喜びは、利益の源泉である
私は、「三つの喜び」は単なるきれいごとではなく、利益の源泉でもあると思っています。
作る人が喜べば、品質が上がります。
売る人が喜べば、お客様への伝え方が良くなります。
買う人が喜べば、リピートや紹介が生まれます。
その結果として、売上が生まれ、粗利が生まれ、利益が残ります。
つまり、利益はお客様の喜びの結果です。
そして、そのお客様の喜びは、作る人と売る人の喜びにも支えられています。
逆に言えば、社員が疲弊し、営業担当が自信を失い、お客様が不満を持っている会社は、いずれ数字にも表れます。
短期的には利益が出ることもあるかもしれません。
しかし、長くは続きません。
中小企業は、大企業のように大きな広告費やブランド力だけで押し切ることはできません。
現場で働く人の姿勢。
お客様との信頼関係。
商品やサービスの誠実さ。
地域の中での評判。
そうした一つひとつが、そのまま会社の力になります。
だからこそ、経営者は数字だけを見るのではなく、その数字を生み出している現場の状態を見なければなりません。
社員は誇りを持って働けているのか。
営業は自信を持って提案できているのか。
お客様は本当に喜んでくださっているのか。
地域に必要とされる会社になっているのか。
この問いを持ち続けることが、経営者にとって大切なのだと思います。
社長が見るべきもの
中小企業の社長は、毎日忙しいものです。
資金繰り。
採用。
営業。
現場対応。
銀行対応。
税務。
クレーム。
社員からの相談。
次から次に問題が起こります。
その中で、どうしても目の前の問題処理に追われてしまいます。
しかし、社長が本当に見るべきものは、「何が起きているか」だけではありません。
なぜ、それが起きているのか。
その奥にある原因は何か。
社員は何に困っているのか。
お客様は何に喜んでいるのか。
自社の価値はどこにあるのか。
何を守り、何を変えるべきなのか。
ここを考えることです。
本田宗一郎氏が、レーストラックでバイクの走りを見ながら、単なる故障や性能だけでなく、その奥にある技術の課題や人の感覚をつかもうとしたように、社長も会社の現場から本質をつかまなければなりません。
数字を見る。
現場を見る。
社員を見る。
お客様を見る。
地域を見る。
そして、その奥にある「本当に大事なもの」を考える。
これが、経営者の仕事なのだと思います。
同友会の学びと、本質をつかむ力
同友会の学びも、まさにこの「本質をつかむ力」を磨く場だと感じます。
同友会では、経営者同士が自社の実践を語り合います。
うまくいった話だけではありません。
失敗したこと、悩んでいること、まだ答えが出ていないことも、本音で語り合います。
福岡同友会の理念ページにも、会員一人ひとりが主人公として、知恵と経験を出し合い、本音で謙虚に学び合い、学んだことを自社に取り入れて実践することが大切にされていると示されています。
これは、まさに経営の本質を見つめる学びです。
表面的な成功事例を聞いて終わるのではありません。
「あの会社はなぜ変わったのか」
「社長は何を決断したのか」
「社員との関係はどう変化したのか」
「自社に置き換えると何が見えるのか」
そう考えることで、学びは知識ではなく実践になります。
また、同友会が大切にしている「自主・民主・連帯」の精神も、本質をつかむ経営に通じています。
自ら学ぶ。
対等に語り合う。
仲間と共に高め合う。
経営者は孤独になりがちです。
しかし、孤独なままでは、自分の見方だけに偏ってしまうことがあります。
現場を見ているつもりでも、見えていないことがあります。
社員の声を聞いているつもりでも、本当の困りごとに気づけていないことがあります。
だからこそ、仲間の問いが必要です。
「それは本当にお客様のためになっていますか」
「社員はどう感じていますか」
「その利益は、持続可能な利益ですか」
「社長自身は、何を大切にしているのですか」
こうした問いかけによって、私たちは自社の本質に近づいていくのだと思います。
最後に
経営とは、表面に出ている問題を処理するだけの仕事ではありません。
会社の本質を見つめ続ける仕事です。
売上が下がった。
利益が出ない。
人が辞める。
お客様が離れる。
資金繰りが苦しい。
これらは、すべて表面に出てきた現象です。
大事なのは、その奥に何があるのかを考えることです。
本田宗一郎氏のレーストラックでの逸話は、現場に行き、実物を見て、実際の動きを感じることの大切さを教えてくれます。
経営者にとって本質をつかむとは、難しい理論を知ることだけではありません。
現場を見て、人を見て、数字を見て、お客様を見て、その奥にある「本当に大事なもの」を考え続けることです。
社員が誇りを持って働ける会社。
お客様が心から喜んでくださる会社。
地域に必要とされる会社。
そして、利益を出し、未来へ挑戦し続けられる会社。
そのような会社をつくるためには、経営者自身が本質を見つめ続ける必要があります。
中小企業の社長にこそ、この姿勢が必要なのではないでしょうか。
本田宗一郎氏の話を読みながら、私はあらためてそう感じました。
私たちも同友会で学び合いながら、自社の現場に足を運び、社員やお客様の声に耳を傾け、数字の奥にある本質を見つめ続けていきたいものです。
そして、共に学び、共に実践し、共に地域から必要とされる企業づくりを進めてまいりましょう。