11月27日(木)に福岡県中小企業家同友会・中央支部合同ブロック例会「経営者読書会」が開催されました。
今回も指定図書は『はじめてのマーケティング』(久保田進彦 他著)、第5章「消費者行動」と第6章「マーケティング・リサーチ」をテーマに、足立知弘支部長のファシリテーターにより、深掘りを行いました。
今回は、参加者の皆様から出た「書籍の感想」や「自社での実践・悩み」に対して、足立支部長がマーケティングの理論を用いて鮮やかに紐解いていく、対話形式のライブ感あふれる会となりました。
その熱気あるやり取りの一部をレポートします。
- 「変わってはいけない」けど「変わらなきゃいけない」?
~ちょうど価値差異(J.N.D.)のパラドックス~
【会員さんの感想】
ドラッグストアや量販店向けに商品を卸しているメーカー業の会員さんから、現場のリアルな数字とともに、こんな感想が出ました。
「年間、新商品は山のように出ますが、1年以内にほとんど消えます。実は、売上の8割を作っているのは10年以上のロングセラー商品なんです。
でも、ロングセラーだからといって何もしないわけではありません。お客様がパッと見では気づかないレベルで、パッケージや成分を微妙に変え続けているんです」
【足立支部長の解説】
これに対し、足立支部長は「ちょうど価値差異(J.N.D. / Just Noticeable Difference)」という概念で解説されました。
「面白いですよね。ラーメン屋さんの話が有名ですが、『昔から味が変わらないね』と常連さんに言われる店ほど、実は店主が時代に合わせて味を少しずつ変えているものです。
人間には『現状維持バイアス』があり、急激な変化は嫌がります。しかし、本当に全く変わらなければ飽きてしまう。
『変わったことに、かろうじて気づくか気づかないかのわずかな差異』を作り続けること。これが、ブランドを陳腐化させずに長生きさせるための『科学的なコツ』なんですね」
- 「違和感」は武器になるか?
~スキーマ不一致と適度な裏切り~
【会員さんの感想】
社労士の会員さんからは、ご自身の好みを例に「バイアス」についての話が出ました。
「僕は『赤いきつね』と『緑のたぬき』が好きなんですが、あれは昔ながらの麺だから好きなんです。他社が生麺っぽいリアルな麺に変えたりしますけど、僕はあれが許せない(笑)。
消費者の記憶やイメージと違うことをすると、拒否反応が出る事例として納得しました」
【足立支部長の解説】
ここで足立支部長が提示したキーワードが「スキーマ不一致」です。「おっしゃる通り、消費者が持っているイメージ(スキーマ)とズレすぎると失敗します。ユニクロがかつて野菜販売をした事例が有名ですね。『服屋がなぜ野菜?』という違和感が大きすぎて、ブランドイメージと乖離してしまった。
しかし、完全にイメージ通りでも面白くない。大事なのは『適度な不一致』です。
齋藤孝先生の言葉を借りれば、『バカな!』と驚いた後に、『なるほど!』と納得できるレベルのズレ。
例えば『ラーメンにワンタン』。ラーメン食べたい、でもワンタンも食べたい。一見邪道に見えて、食べたら美味しいし両方楽しめる。『なるほど、その手があったか』と思わせる、この絶妙な落とし所を見つけるのが差別化の鍵です」
【ビジネスへの当てはめ】
この話を受けて、保育園を経営する会員さんからも現場の悩みが共有されました。
「保育業界も昔とは常識が変わってきています。昔は『保母さん』=お母さん代わりでしたが、今は『保育士』=専門職であり伴走者。給食も無理に完食させない。男の子がピンクやスカートを好んでも否定しない。
これまでの常識(スキーマ)と違うことが増えていますが、それに対応していくことが求められています」
【足立支部長の見解】
「まさに、時代の変化に合わせて『保育園』というブランドのスキーマも更新していく必要がありますね。例えば、保育園が急に『夜は居酒屋します』と言ったら不一致すぎて保護者は引いてしまいます。でも、『延長保育でお夕飯出します』とか『一時預かりやります』なら、本来の業務と少しズレているけど、保護者にとっては『なるほど、助かる!』という嬉しい不一致になる。
周辺業務への展開を考える際も、この『適度な不一致』を意識すると、納得感のある新サービスが生まれるはずです」

- 理屈で勝てない「感情」の正体
【会員さんの感想】
別の社労士の会員さんからは、率直な感想が。
「本には科学的なデータ分析の話が出てきますが、結局、私たち消費者は『感情』で動いてしまっていませんか? 買わなくていいものを買っちゃったり。理屈じゃない部分が大きい気がします」
【足立支部長の解説】
これには足立支部長も大きく頷き、ご自身の京都旅行でのエピソードを披露してくださいました。
「先日、妻と京都の高級チョコレート店に行ったんです。カカオ高騰でチョコが高いから、店側はクッキーを推していた。私は『クッキーにこの値段? 原材料は小麦粉だぞ?』と理屈で考えてしまう。でも妻は違います。店員さんが『明日発売の新作です』『クリスマス限定の缶が可愛いです』『セットのバッグもあります』と畳み掛けると、妻の感情スイッチが入る。『可愛い!』『限定!』と、結局クッキーとバッグで1万円近く買いました(笑)。
私の理屈(価格・スペック)は、妻の感情(ワクワク・雰囲気)に完敗したわけです。
でも、これがマーケティングの本質です。お客様は『モノ(クッキー)』を買っているようで、実は『コト(クリスマスの高揚感や体験)』を買っている。
我々経営者はつい、商品の機能や正当な価格といった『理屈』でお客様を説得しようとしますが、お客様の『感情』がどこで動くのかを無視してはいけないという、痛いほどわかりやすい事例ですね」
- 「風が吹けば桶屋が儲かる」を鵜呑みにするな ~データと因果関係の罠~
【ビジネスへの当てはめ】
学習塾のコンサルティングをされている会員さんからは、鋭い視点での「現場への当てはめ」がありました。
「ある塾の成功事例で『ドリンクサーバーを置いたら生徒が増えた』という話があり、本部が全教室に導入させようとしたんです。でも、これって『風が吹けば桶屋が儲かる』と同じで、本当の因果関係(メカニズム)を分かっていないと失敗しますよね。
リサーチの章にもありましたが、表面的なデータ(二次データ)や成功事例を鵜呑みにせず、なぜそうなったのか?という構造を理解しないと再現性がないと感じました」
【足立支部長の見解】
「その通りです。これこそが経営に『科学(サイエンス)』が必要な理由です。
サイエンスの語源は『分ける』こと。要素を分解し、構造化して考えることです。
たまたまその塾でドリンクサーバーが当たったのは、他の要因(立地や客層など)という変数があったからかもしれない。その変数を無視して『サーバーを置けば儲かる』と短絡的に考えるのは危険です。自分のビジネスで成功したこと、失敗したこと。それを『たまたま』で終わらせず、『なぜそうなったのか?』を分解し、言葉にして、構造化する。
そうやって知識の引き出しを増やしておけば、次に何かあった時に『あ、これはあの時のパターンだ』とすぐに手が打てるようになります。それが経営のスピードを上げ、再現性を高めるのです」
まとめ:「タウマゼイン(thaumazein)(驚き)」を持って経営しよう
会の締めくくりに、足立支部長は哲学の言葉「タウマゼイン(驚異・驚き)」を引いてこう結ばれました。「経営をしていると『なぜ売れないんだ?』『なぜうまくいったんだ?』という不思議なことに出会います。
天動説が信じられていた時代に、『火星の動きがおかしいぞ?』と驚き、疑った人が地動説に辿り着いたように、私たちも経営における『なぜ?』を大切にしましょう。
本を読み、仲間と議論し、その『謎』を解き明かすためのレンズ(理論)を手に入れる。そうすれば、昨日までは見えなかった景色が見えてくるはずです」
今回の読書会は、単なる座学ではなく、参加者それぞれの現場の悩みと、マーケティングの理論が「バチッ」と音を立てて繋がるような、知的な興奮に満ちた時間でした。
次月からは、経営者にとって永遠の課題とも言える「価格戦略」について深掘りします。
安易な値下げ競争に巻き込まれないために、どのような戦略が立てれるのか。今から楽しみです。
ご参加いただいた皆様、そして熱い解説をしてくださった足立支部長、ありがとうございました!
ー次月からの指定書籍ー

【開催概要】
- イベント名: 福岡県中小企業家同友会 合同ブロック例会『 経営者読書会 』
- 次回開催予定: 2025年12月25日(木)
- お申し込み:edoyuよりお申し込みください。