福岡から『エンタメ』を発信する
~人を楽しませる前に自らが楽しむ~
限会社オフィスノアール
代表取締役 清水 淳平氏 【玄海支部】
様々な苦労を重ね、福岡に戻り会社を継承した清水淳平さん。同友会で刺激を受け、大好きな福岡で、大好きな仕事に奮闘するのでした。

オフィスノアール設立
今回の取材は福岡市でモデル・タレントの発掘・育成・派遣に携わる有限会社オフィスノアールの清水淳平さんです。創業者の竹田麻紀さんは、18歳から福岡を拠点にモデルとして活躍し、その後上京して、東京コレクションなどに数多く出演していました。福岡に戻り福岡から華やかさを備えたモデルを世に送り出したいという思いからオフィスノアールを設立させました。1991年6月のことです。社名のノアールは、一般には『黒』を指し、広くは『正体不明の』とも解釈されますが、『何にも染まらない、個性を大切にする』という思いが込められています。その名の通り、個性豊かなタレントを輩出しています。
清水さんの生い立ち
清水淳平さんは1986年鹿児島市に生まれます。その後、佐賀市に移り、通っていた中学校では毎年文化祭の時に担任の先生が映画を撮っていました。そこで清水少年は主役を演じて、芝居の面白さにとりつかれます。水球にも長けており、スポーツの道か役者の道かで進路に悩んでいました。結局、福岡第一高校の芸能コースを選択しました。在学中にオフィスノアールに所属し、芝居、ダンス、歌などレッスンを重ね、福岡を拠点に活動していきました。「竹田社長にはアドバイスやレッスンなど、たいへんお世話になりました」。20歳の頃から、裏方の仕事なども手伝うようになりました。
いざ東京へ
2012年(26歳)、とあるプロデューサーから声を掛けられ東京進出の話が舞い込んできました。竹田社長は手元にいてほしいという気持ちが強かったのですが、清水さんの思いを尊重して東京行きを容認してくれました。
清水さんは「絶対売れる」と確信して活動していきました。ユニットを組み、アルバムも出しました。活動の合間にはレッスンを重ね、一方ではラーメン屋や焼き肉屋でバイトをして食いつないでいきました。水球で鍛えた清水さんでしたが、さすがに体力的にも精神的にも相当つらい日々を過ごしていきました。そして花開くこともなくユニットはあえなく解散しました。その後、有名俳優のK・Mさんの専属ドライバーを務めるなど現場マネージャー的な仕事をしていました。
30歳を迎えた頃、いつも陰ながら応援してくれていた竹田社長から電話が入りました。風の便りにユニット解散を聞いていたのでしょう。「どうしてる?」「帰ってこない?」清水さんは、ノアールには後継者がいないことを承知していました。東京行きを容認してくれたこと、いつも応援してくれていたこと、そして苦しんでいるときに手を差し伸べてくれたことなど、ありがたさで胸が熱くなりました。「竹田社長に恩返しがしたい」。ノアールに戻ることを決意しましたが、「しかし今の自分には何もない」と気づき、覚悟を決め「社会勉強する時間をください」と告げ、実社会での修行をするのでした。簿記を習得し、印刷会社の経理を担当するなど数社で働いたと言います。
2020年、世の中はコロナ禍に見舞われそれを機に福岡に戻ります。すぐさまオフィスノアールの2代目社長(竹田さんは会長)に就任するのでした。
同友会に入会
会社は所属のモデル・タレントは80名を超えています。グループ企業にライオン合同会社があります。これは企画会社で所属するモデル・タレントが収益をあげられるようにしています。「自分がバイトで苦労したのを教訓につくりました」と言います。
プロダクションの仕事は一通りこなしてきています。しかし『社長業』はわかりませんでした。「代表になったっていうくらいの感じでした」。
そこで清水さんは経営の勉強をするために知人の紹介で同友会に入会します。2022年忘年例会の時期です。年が明け、あすなろ塾・経営指針作成セミナー(コロナの影響で6カ月コース)を受講します。経営理念が作れず苦労していました。翌年もまた改めてあすなろ塾、経営指針作成セミナーを受講しました。そこで策定したのは次の通りです。
【経営理念】
「楽しい」から始める。
私たちは、楽しむことが仕事です。
【行動理念】
・福岡から全国へ、人材・エンタメを発信する。
・エンタメだけで飯を食う。
自社の課題に気づく
同友会に入って、ものの見方、視点が変わったと言います。様々な経営者と話していると、自社の課題が何かを気づかされます。資金繰りの方法、財務諸表の見方、人材育成、コミュニケーション能力……数え上げたらきりがありません。「同友会には課題を解決する手段があるんですね」。現在、経営労働委員会に参加し勉強しています。
清水流・決断基準
清水さんは決断する時の基準を、面白い表現で話してくれました。
「感覚的なことですが、仙骨が動いたら進もうと決めています。仙骨とは背骨の下端の三角形の骨のことです。そこが動くというのは、『前のめり』というよりは『前傾姿勢』と言った方が合うでしょうか。「自分としてはもう行くしかない」という状態になっている」と考えているそうです。
まず自分が楽しいと思うこと
人材の発掘は、HP、スカウト、紹介などがあります。
若い子たちが大人に囲まれることが多いので、まず基本的なマナー、挨拶、自己紹介の仕方などを教えていきます。
育成方法としては発声、ダンス、歌などがあります。清水さんは特に『長所を伸ばす』ことを基本としています。「褒めることですね」。自分がコンプレックスに感じていることでも、じつはチャームポイントになることもあります。固定概念にとらわれないようにしています。
今どきはSNSで誰でも発信できる時代です。自分から配信できるように日頃から訓練させています。ライブ配信していき、フォロワーの数が増えていくことが条件の一つになります。
「まず大事なのは自分が楽しいことです。人を楽しませる前に、まず自分が楽しむことです。楽しまないと長く続きません」。
キッズタレントになると、ご両親が出てくる場合があります。自分たちが望んでいる『子ども像』を押し付てきます。子どもたちの自主性を尊重しなければなりません。「やはり自分が楽しいと感じることです」。ここは丁寧に説明しています。
現在、企業や放送局から厳しいオーディションを通過して活躍するタレントが出ています。
福岡から発信
「福岡は人材の宝庫です」と清水さんは断言します。東京圏や大阪圏からスカウト陣が押し寄せています。しかし福岡には発信できるチャンスが少ないという弱点があります。いわゆるハコ(例えば芝居小屋)が少ないのです。県内には50ものプロダクションがひしめいており、抽選に漏れるとせっかくのチャンスを逃してしまいます。
「私は福岡が大好きです。この業界も大好きです。何とか福岡からエンタメの発信をしていきたい。竹田会長が築き上げたものを継承しつつ、自分の色も出していき、この福岡から全国に発信していきたいと思います」。
清水さんの「楽しい」とは
取材の最後に清水さんの考える自立型企業についてお伺いしました。
「働く人たちが、社長に言われて動くのではなく自分で責任を持って行動する。会社といえども人生の中ではほんの一部にしか過ぎません。それぞれのステージで個性を発揮し楽しいことを生業にして長く続けていく、そんな人たちの集団が自立型企業ではないでしょうか」。
清水さんにとっての『楽しい』は、「所属するモデル・タレントが活躍する姿を見ることです」と笑顔で話してくれました。

取材協力ありがとうございます。
有限会社オフィスノアール
創 業 1991年6月
住 所 福岡市中央区桜坂1-10-19-2
電 話 092-761-2206
従業員数 3名
事業概要 モデル、タレントの派遣・育成・イベント
企画制作を行っています。
取材/広報部
文章/菅原 弘(東支部)
写真/富谷正弘(玄海支部)